再録「勝手に映画評『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』」

*1ドクター・ストレンジマルチバース・オブ・マッドネス』(2022年)は、サム・ライミが監督を務めたスーパーヒーロー映画である。同作のうち、下の動画の後半にあたる1つの場面について、その正当性というか論理のようなものを記述してみる。

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この場面では、ベートーヴェンやバッハの曲を武器に2人のベネディクト・カンバーバッチが戦闘を交わしている。魔法で五線譜を浮かび上がらせ、音符を飛ばしてカンバーバッチとカンバーバッチが攻撃し合うのだが、ライミの発案だという*2このギャグのような戦いはそれなりの物議を醸したようだ。たとえば、InsiderのKirsten Acunaは「その場面の挿入は信じがたいほど脈絡を欠いているように感じられた」と断じ、作中の「最悪な瞬間」の1つとして言及している*3

だが、この荒唐無稽な戦いはすぐに驚くべき連鎖を見せ始める。そこには確固たる視覚的「脈絡」が存在するし、論理的な必然性に基づいた最良の戯れとなっているとまでいえそうである。

カンバーバッチがカンバーバッチを「運命」で攻撃し、続けてカンバーバッチが互いに数ラウンドずつやり合うと、カンバーバッチは画面右方に目をやってハープを発見する。カンバーバッチはそのハープに1つの音符を生み落とさせ、カンバーバッチの胸元へ強烈に撃ち込む。この一撃がとどめとなって窓の外へ放り出されたカンバーバッチは、自邸の門の鉄柵に突き刺さって絶命することになる。

ピアノの鍵盤、楽譜の五線、ハープ、鉄柵、これらはどれも似通った形をしている。細い線が平行に並ぶ小道具がしつこく登場するこのシークエンスは、いわば視覚的な洒落に基づいて堅実に展開されているのである。譜面から攻撃の道具を生み出す戦いにおいて、目ざといほうのカンバーバッチはハープに五線譜との類似を見出した。彼が階下の平行線を殺しの道具へ変貌させることができたのは、この発見の成果にほかならない*4

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*1:この記事は2022年5月にnoteで書いた文章をもとにしている。

*2:Doctor Strange 2's Magical Music Fight Was All Sam Raimi's Idea

*3:'Doctor Strange in the Multiverse of Madness' Best and Worst Moments

*4:このシークエンスに見られる方針は、スティーヴン・スピルバーグが『ウエスト・サイド・ストーリー』(2021年)で全編を通じて取り組んだ幾何学的連想ゲームにも似ている。同作については再録「勝手に映画評『ウエスト・サイド・ストーリー』(2021年)」 - 映画を齧る人で詳述した。