再録「勝手に映画評『ウエスト・サイド・ストーリー』(2021年)」

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*1上の模式図は、スティーヴン・スピルバーグが監督したミュージカル映画『ウエスト・サイド・ストーリー』(2021年)の画面に溢れている形である。バルコニーの鉄柵、地下倉庫の棚、あちこちに現れる梯子・・・これらの装置に共通する形状を以下では「工工工形」と総称し、作品の底流として攫い直してみる。この幾何学的類似性の発見こそ、スピルバーグにこのミュージカルの(再)映画化を決断させた要因だったのではないか。

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「工工工形」の氾濫

映画はまず、解体工事の現場周辺を人間離れした移動撮影でひと続きに映し出す。1分半にわたるこのショットの冒頭、地面には金属製の「工工工形」が折り重なって横たわっている。群生するそれぞれがかつて鉄柵だったのか、それとも梯子だったのかと問うことは意味を持たず、代わりに両者が視覚的に地続きであることが強調される。

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ひと悶着あってヴァレンティーナ(演:リタ・モレノ)――少年ギャングの両陣営から信頼を置かれる彼女は梯子にのぼった状態で登場する。このことにはあとで立ち戻る――の店へ移ると、地下倉庫でトニー(演:アンセル・エルゴート)とリフ(演:マイク・ファイスト)が言葉を交わしている。少年院を出たばかりらしいトニーが改心を告白するとき、彼は棚板の間=「工工工形」の隙間からリフと顔を覗き合わせている。

その晩の体育館にて、トニーとマリア(演:レイチェル・ゼグラー)は踊る群衆の中に互いを発見する*2。観客席だと思われる巨大な「工工工形」の裏で人込みから逃れ、ひと時心を通わせる2人。映り込む扉も律儀に「工工工形」に象られている。

パーティからの帰り道、トニーは集合住宅のバルコニーにマリアを発見する。その壁面は鉄柵や階段梯子などの「工工工形」で埋め尽くされている。トニーが壁をよじ登って距離を縮め、2人は階段梯子=「工工工形」越しに目線を合わせて "Tonight" を歌う*3

映画の終盤、マリアの死を知らされたトニーは悲壮の表情を見せ、衝動的に梯子の立てかけられた壁際へ駆け寄る。トニーは銃殺され、少年ギャングの両陣営が協力して死体を運んでいくが、それを捉える最終ショットは梯子越しのロング・ショットである。カメラは梯子=「工工工形」に沿って垂直に上昇し*4、奥へ歩く一行と到着する警察車両を踏み台の隙間から捉える。1階分をのぼり切ると最後に柵=「工工工形」が映され、映画は終わりを迎える。

 

「工工工形」のモチーフをめぐるサブテキスト

このように、スピルバーグ版『ウエスト・サイド・ストーリー』は最初から最後まで「工工工形」に貫かれている。あらゆる機能を剥奪された裸の死骸であった「工工工形」は、物語が進むなかでのぼられ、覗かれ、支えにされ、隠れ蓑にされ、縋られて、最後には上昇の希望と柵による閉塞を同時に示すことになるだろう。力なく横たわっていた「工工工形」が2時間半ののちに立ち上がってしまうという事件。この映画は「工工工形」の変容というサブテキストに貫かれた作品である。

さらに、「工工工形」自体の形状を物語に関わる主題の図式化と解釈することもできるかもしれない。つまり、2本の長い棒のあいだに複数の棒や板を架け渡した「工工工形」は、文字通り平行線の二者の融和の象徴にも見える。梯子にのぼった状態で画面に導入されるヴァレンティーナが敵対するギャングの双方と友好的であることは、この点で必然的である。さらに、映画の最後で両陣営の成員に担がれるトニーは自らの死をもって「工工工形」の架け橋の位置を獲得した、という記述も成り立つ。

「工工工形」は同じミュージカルの映画化『ウエスト・サイド物語』(ジェローム・ロビンズとロバート・ワイズ監督、1961年)にも多く姿を見せていながら、有効には昇華されず無視されていた。「工工工形」に映画を丸ごと背負えるほどの可能性を見出したことは、スピルバーグをこの映画の制作へ突き動かした大きな要因だったに違いない。

No.0004

*1:この記事は2022年2月にnoteで書いた文章をもとにしている。

*2:West Side Story Extended Preview - The Mixer (2021) | Vudu - YouTube

*3:これは先のトニーとリフのやり取りの変奏にほかならず、遡ってリフとトニーのあいだの性的緊張を正しく暗示する。

*4:ジェイムズ・マンゴールドは『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』(2023年)を建物に沿ったカメラの上昇で締めくくり、同作制作時点でスピルバーグの最新作だったはずの『ウエスト・サイド・ストーリー』へオマージュを捧げている。